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画家川田祐子のニュースレター@No.20

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readerreader 様

 

残暑お見舞い申し上げます。

暑さ寒さも彼岸までという言葉がありますが、あの厳しい夏の暑さをすっかり忘れてしまうほど、軽井沢は急激に涼しくなりました。

今月は、制作の合間に、人と接することが度重なりました。土地に根付いた制作について考えたり、はたまた大作への期待に耳を傾けたり、自分なりのファイン・アートとしての普遍的な絵画制作の姿勢を人に伝えたり、翻って海外での可能性に思いを馳せたりと。まるでたくさんの分かれ道の手前で「止まれ」の標識に従っている瞬間のようです。

しかし確実に言えることは、ここから、また新しい一歩が始まるということです。「決して短絡的な答えを出すことなく、誰かがもうすでにやったことではなく、自分の感覚を信じて、私らしい道へと、しっかりとした第一歩を踏み出すのです」そう、自分に言い聞かせる今日この頃です。

 

                                             画家 川田祐子

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風に舞う

風に舞う
2018
oil on prepared paper
画 : 40x30cm
紙:41x31cm

作品詳細

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風に舞う

 

酷暑と呼ばれた今年の夏。
北側の部屋でじっと読書をし、ラフスケッチを試す時間が日課となりました。
北に向いた角柱を挟んで、小さな跳ね上がり窓が二つ、そこに、
どんなに暑い猛暑日でも、浅間山からの涼しい風が静かに入って来たのでした。

その窓に見えるのは、緑、木漏れ陽、そして空。まるで二曲一隻の屏風のようです。

軽井沢では普通の何気ない鬱蒼と茂る雑木林に過ぎないのですが、鳥や虫たちが集まり、
風に葉が翻り、緑を通して光が瞬く様子を見ることは、生活の中のかけがえのないひとときです。

そのような窓辺で、ラフスケッチで手を慣らした上で、先月に引き続き紙に油彩の制作をしました。点描は次第に消えて、油彩の透明さを生かす制作に励みました。

昨年から続けている紙の上での制作も、水彩、シルバーポイント、パステル、アクリルインク、この油彩といった描材で、様々なバリエーションをストックすることが出来て来ました。

相模原でアクリルガッシュを使っていた当時は、下絵・下描きなしのまま、持ち前の即興的な感覚で、次々と小品のみならず大作まで制作していました。そこで、「ところでドローイングはないの?」と聞かれると、「必要としなかったのでありません。」となっていたものです。

本来の古典的な絵画制作では、大作で失敗がないように、下絵をきちんと準備してから大作に取り掛かるという段取りがあり、そこではたくさんの下絵、例えばレオナルド・ダヴィンチの素描を始めとする学術対象にもなるような貴重なドローイングが残されて来たのです。

しかし、近代以降の新しい制作では、オートマティック(自動手記)、即興性、作家が意図しない偶然起きるハプニングなど(例えば、ジャクソン・ポロックのドロッピング作品のような制作)むしろキャンバス上にどんどん失敗を重ねて、まるでドローイングするかのような意識で描く、ということが常識化し、ドローイングと本作との境界が取り払われました。私の制作もこの意識を強く受け継いでいることになります。この方が、作家の緊張感あるリアルな息遣いを楽しめるというわけです。

そこで、drawing(線描、ドローイング)「素描」という言い方よりも、最近は英語表記では、works on paperと英語圏では表記するようです(日本で訳して 「紙の仕事」と表記している例を私はまだ見たことがありませんが)。紙に描かれたものも、本作であるというような意識がそこに込められています。

ドローイングなど紙における制作が始まったのは、6年前に長野に越してからの事です。
とりわけ、ここ軽井沢に来てから、ようやく私自身のworks on paper と表記できるような作品が出来て来ました。

大作のための下絵としてではなく、単に紙での描きやすさを優先して描いたものばかりです。しかし、この経験を通して、「この作品を大作に展開して行ったらどんなことになるだろうか?」とほくそ笑む瞬間がないわけではありません。これをきちんとスケールを図って、大きなキャンバスにそのまま転写するような制作をすること可能ですが、しかしやはり私に身についた即興性がうずくことでしょう。

今月に入って形になってきた、この作品を初めとする、「光に羽ばたく」「めくるめく」「透明な記憶」で培われたことが、やがて熟成し、キャンバス画面に滲み出して来るような制作。

これから涼しくなる秋に向けて、ますます意欲高まる今日この頃、この「風に舞う」をご紹介する次第です。

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画家川田祐子自伝

学芸員さんのお手伝い

 

それまで、学芸員という職業の人と一度も会ったことがなかった私。とても緊張して神奈川県立博物館の学芸員室に入った記憶があります。さぞかし難しい顔をした人たちが集まっているのだろうとしか想像していませんでした。早速、手伝ってくれる人を見つけていた、歴史担当の学芸員Tさんの机まで行ってご挨拶。

「わぁ~助かるよ~。本当にてんてこ舞いでだからね~。」

本棚と本棚の隙間から、ニョキッと姿を現したその人は、まだ30代半ばでしょうか?ネクタイなしのラフなポロシャツ姿。とても優しそうな人でホッとしたものでした。

「僕はこの4月からひょんなことから採用されて、早速科研費をもらってしまったものだから、専門の研究論文を一本書かなくてはならなくてね。何もかもわからないことだらけなんだ。おまけに、毎日通勤に片道1時間半くらいかかるんだ。本当に大変。はぁ~。」

「どんな仕事をするのでしょうか?美大生の私でも出来ますか?専門ではないものですから。」

「いいのいいの、言われた通りにね。えーっと、この本の中に出てくる神奈川県内の寺院名を一つ一つ資料カードに書き込んでくれれば良いだけ。字は読めれば良いから、難しく考えないで。はぁ~。」

その後気づくのですが、「はぁ〜」はこの人の口癖。さらに、たまに声が裏返るのでした。手渡されたその本は、所々旧字体が出て来る、古文書の内容を活字化して出版された本でした。古本屋の本で育った私は、旧字体の岩波文庫の文字を少し見慣れていました。まさか、こういう時に役に立つとは思っていなかったことですが。なぜか万年筆を借りて、書くように言われてドキリ。最初は何かと不慣れで指はインクで汚れ、肩は凝流話で...、それでも窓を見上げると、隣も石造りの歴史建造物で、外国のオフィスにいるようでした。

 同じ一つの部屋に7人ほどの歴史系学芸員、上の階には、もう二人いるのだと言うことでした。その他、地質系、考古学系、自然系には植物、昆虫、動物と、その他教育普及など、それぞれの研究室があり、様々な学芸員が働いているという説明でした。

その人たちが朝、お昼、3時などに、それぞれの場所で一つのテーブルを囲み、集まるので、たまに違う部署に顔を出しても良いということでした。たわいものない話しからはじまり、会議の前の打ち合わせや、世間話しに耳を傾け、お茶を飲みながらじっと大人しく聞いていなさい、というのです。最初は、何が何だかちんぷんかんぷんだったのですが。やがて慣れてしまうと、学術という世界のいろいろな側面を肌で感じる経験は、その後の私にとても大きな刺激になったのでした。

大学1年のゴールデンウィークに初めてお世話になってから、何とその後9年に渡り、その居心地良い仕事をさせて頂きました。当時雇ってくださった理由は、おそらく、アルバイトと言うよりも後進の育成という意味もあったのではないか、と時々思うことがありました。

「将来は学芸員になるの?」と聞かれることが度々ありましたが、担当のTさんは、私にこう言うのでした。

「僕はね、驚くような出来事で念願の学芸員になれてしまって、一生分の運をここで使い切ってしまったかもしれないなぁ。絶対学芸員になれないと思っていて諦めて、小学校の教師をしていて、毎日何か違うと思い続けていたある年、お父さんの職業の欄に「博物館学芸員」と書かれた子供の担任になったんだ。その時、その文字がすごく光って見えたよ。(はぁ〜)それでどんなお父さんなのかなと思って、家庭訪問の時にすごくワクワクして訪ねて行ったんだ。そしたらね、自分の悩みをつい打ち明けてしまったら、何と、そのお父さんが、『学芸員をやめて大学の教員になるところだから、一つ空きができる。すぐに採用試験を受けなさい。』って教えてくれて、試験に通ってしまって、本当にびっくりするような出来事だった。(はぁ〜)そういう僕が言うのも変だけど、世の中には、いろいろな仕事が沢山あるから、諦めないで、学生の内からよく調べておくといいよ。」

このTさんをはじめ、そこに集まる人たちは、本当に学術研究に情熱を燃やしながらも、人として和やかで温かみのある人たちばかりでした。たまに人生の先輩として教え導いてくれたり、ある時はお酒の席で賑やかにハメを外したりと、まるで懐かしい昭和の学園ドラマのワンシーンのようでした

あまりに良い仕事に恵まれたので、ある時にTさんに、「良い経験をさせてもらって、どう恩返しして良いかわかりません。」と言ったのです。すると、忘れもしません。意外な言葉が返って来ました。「恩返しは、次の若いに向けて下さい。実は、僕も学生の時にそう言われたんですから!」(その後、この言葉がどのような私を作り上げていくか?...続きはまた後で。)

そしてお仕事の内容は?というと、科研費研究のお手伝いに始まり、その後所蔵品の確認作業、資料整理、横浜浮世絵の保管作業(用意された台紙に浮世絵を乗せて、版画の絵柄だけが見えるように窓枠を開けるタトウ作り)、所蔵品の写真ポジの整理、そしてやがてワープロへのデータ入力の仕事も随分しました。ワープロが導入された当時、誰一人操作するスキルがなかったのですが、マニュアルを渡されて、「何とか自分で調べながらやってもらえませんか?」と頼まれた時は、本当に驚き、嬉しかったものでした。機種は、初めは富士通のオアシスでした。最後はパソコンも導入され、すべてのデーターを移し替えるらしいという手前までお手伝いしました。

 実は、大学では、コンピューターの授業をすでに受けていたので、少し自信があったのです。当時200万円以上するという、今や伝説にもなっているスティーブジョブズが初めて成功をおさめたマッキントッシュ(今のアップル社の前進)。その一番最初の小さなデスクトップ(まだモノクロ画面)が教室に一台置かれていたのでした。

課題は、例えば「メタモルフォーゼ」。教授が、田中角栄の似顔絵をゴリラに変換させるプログラムを作り、ゆっくり変化するアニメーションを見せて、このプログラムで、何でも良いから変身させなさい、という内容でした。その変化の軌跡を当時ぺんてるという文具会社が、カラーペンを何本も取り付けた画期的なプリンターで、一枚の紙に印刷させるのでした。ペンが何本も、氷の上を滑るスケーターのように動き回るのです。全紙くらいの大きいサイズの紙にも対応している大掛かりなものでした。

 大学では、絵画、彫刻、版画、写真、コンピューターと、次々と週替わりで先生が入れ替わり立ち替わりで、次々と課題をこなす一方、土日祭日、学園祭の期間や、春夏の長期休暇期間は、もっぱら博物館のアルバイトに通いました。そして、アルバイトで稼いだお金で、さらには、青山にあるドイツ語学校にも週3日、大学の授業が終わる夕方には、校門を出てまっしぐらに東高円寺の駅に向かい、地下鉄を乗り継いで通いました。家に帰るのは夜11時近く。課題はしなければならないし、次の日も朝早く出て2時間半かけて大学の授業に間に合わせなければなりません。

 思いつめた私は、どんなことでもまっしぐらに突き進む性格。そんなこんなで気持ちはいっぱいいっぱい。 とうとうある日、思いもよらない場所で、それが爆発してしまったのでした。(次号につづく)

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制作の近況

今月は、下記6点の紙に油彩の作品が出来て来ました。これらは、自然に囲まれた環境からエッセンスをもらい、記憶の中で思い起こしながら描いたものばかりです。先月の点描は次第に消えて、感覚的で即興的でありながらも、油彩特有の色を重ねて生まれる空間表現や透明性、多層性を意識して制作しました。

  

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やわらかなカタチ

やわらかなカタチ
oil on prepared paper
画 : 30x19.5cm
紙:31x20.5cm

詳細:http://kawadayuko.jp/atelier-gallery/product/yawarakanakatachi

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透明な記憶

透明な記憶
2018
oil on prepared paper
画 : 30x22cm
紙:31x23cm

詳細:http://kawadayuko.jp/atelier-gallery/product/toumeinakioku

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めくるめく

めくるめく
2018
oil on prepared paper
画 : 29.9x21.8cm
紙:31x23cm

詳細:http://kawadayuko.jp/atelier-gallery/product/mekurumeku

 

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光にゆれる

光にゆれる
2018
oil on prepared paper
画 : 29.7x21.7cm
紙:31x23cm

詳細:http://kawadayuko.jp/atelier-gallery/product/hikariniyureru

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光に羽ばたく

光に羽ばたく
2018
oil on prepared paper
画 : 29.7x21.7cm
紙:31x23cm

詳細:http://kawadayuko.jp/atelier-gallery/product/hikarinihabataku

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お知らせ

自分自身の制作のために、紙の制作を振り返るポートフォリオが必要になって来ました。

制作の合間に自作しました新たなウェブサイト、「YUKO KAWADA ーworks on paperー」。

お時間のある時に楽しんで頂けましたら幸いです。

http://kawadayuko.jp/on-paper

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次号は9月20日の送信予定です。

(かわだ ゆうこ)

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http://kawadayuko.jp