TRANS-GREEN

「隠された小川」

新しいアトリエの前を隔てた先に湯川があるのですが、そこから流れてくる風は、まるで天然のクーラーのようにして、このアトリエに流れてくるようになっていて、最終的には大家さんの事務所まで届くようです。

大家さんは、この作品を見ながら立ち話をして、「昔は川底の石がはっきり見えるほどに、透明で小さな小川だったのだけど、段々と川も育って、川辺の木々まで生い茂って、川がすっかり隠れてしまったんです。」

「あっ、シンクロした。」そう思って私は聞いていました。

ちょうどその午前中に、タフティの「振子の原理」の話をスマホから聞いていて、その中に、振子に動かされない「隠れた小川」があることを知ったばかりだったからです。

この「隠された小川」の話は、私の長年の疑問を解決してくれる、心に残る考え方でした。

なぜ印象深かったかというと、ある人から「私は良いことが起きたり、幸せを感じたすぐ後に、どうしてもこの後悪いことも起きるのではないかと思って幸せになるのが怖いのですが、どうしたら良いでしょう？」と相談されたことがあったからです。

アジア一帯には、宇宙の原理を陰陽で捉える考え方があリます。たとえば中国には「塞翁が馬」の話がその典型的な例ですし、韓国の国旗のシンボルには黒と白の勾玉状の形が円環を作り、そのそれぞれに黒には白、白には黒の丸い点が同時に存在している。円環なので、それが全てを循環しているという世界観が示されています。

そういう世界観にいる人たちは、悪いことが起きても、やがて良いことが訪れると信じ、救われますが、陽の中にも陰は必ず存在するものですし、「陽極まれば陰となる」という考え方も同時にあるので、「結局人生は、陰と陽を行ったり来たりしながら。プラスマイナスゼロでしかないのか」と半ば諦めるようにして生きることになるのです。私に質問されたその人も、その考え方にいわば囚われていると言っても良いのかも知れません。

ところが、タフティの考え方はそれを、覆す考え方を持っています。

多くの人は、陰と陽の間を揺れながら生きてしまう。その振子は、日常のあらゆるところにあって、大なり小なり、その影響を知らず知らず受けてしまう。しかし、その影響を受けない方法が一つだけあるというのです。それが「隠された小川」を見つけることだというのです。

それは隠されているので、見つけようとして見つけることができない。なぜなら「見つけよう」という気持ちは本来の自分に向かう探究心ではなく、自分の外の幸せを追い求める、振子そのものに翻弄されるばかりとなるというわけです。その状態は、「隠された小川」には気が付かないし、近づけない。もし近くにいても、それが自分の求めているものとは理解出来ない。

詰まるところ、この「隠された小川」に出会い、気づくためには、小川そのものになるしかないようです。静かに、そして透明に、誰にも知られることなく、やがて爽やかな風になるような、そんな小川であり得るのかどうかも考えることなく、ただ自然に自然の中で暮らすことが大切なのだと感じたのでした。

しかし、そのような仙人の境地のような生き方は、この日常に可能でしょうか？きっと、その都度「あっ、これは振子だ！気をつけよう！」と揺れ動きながらも、自分の軸を整えるくらいしかできそうにありません。

でも期せずして偶然にも、私が過去に描いた作品は、この陰陽の考え方だけでなく、透明な緑の川底のような作品があるのです。それが、「Where is the moon」「Where is the moon shadow」「TRANS-GREEN」という作品でした。

WHERE IS THE MOON

2003

scratch/hatching

acrylic gouache on canvas

227.5X145cm

WHERE IS THE MOON月影
2003
scratch
acrylic gouache on canvas
227.5X145cm

TRANS-GREEN
2004-2005
scratch/hatching
acrylic gouache on canvas
227.5X182cm