寄付経過報告53

この度は、賛同寄付1口をゆうちょ銀行口座にお振込み頂き、ありがとうございました。
お振込み名義のみで、ご住所が分かりませんでしたので、この場をお借りして、お礼を申し上げます。

芳名帳等確認致しましたが、これまでに面識はないのではないかと思います
(もし私の勘違いでしたらお許し下さい)。

ブログの情報から、このようなご厚情を賜り、とても恐縮しますとともに、
大変大きな励みを頂いております。

T.M 様をはじめとして、ご寄付をお送り下さる皆様のご期待に応えるべく、
頂いたお気持ちを全て現在制作中の作品に結実させるよう力を尽くしているところです。

制作中の作品は、キャンバスS100号サイズ(162x162cm)で、
ちょうど1週間程前から細かいハッチングのタッチを入れています。
毎日休む間も惜しんで、この制作に心血を注いでおります。
ですから、ブログに何を書いてよいのかわからなくなるほどです。

この作品は、来年1月に損保ジャパン東郷青児美術館(新宿)開催の
「クィンテッド展」に出品予定です。

会期近くなりましたら、このブログでも詳細情報をお知らせ致します。
また、遠い場所にお住まいでも、展覧会の内容が分かるような画像や動画を撮影して、
このサイトで出品作品をご紹介する予定ですので、どうぞご期待下さい。

まずは簡単なお礼にて失礼致します。

画家 川田祐子

長野 STUDIO KAWADAより

追伸:

*「画家川田祐子 芸術支援寄付」プロジェクト収入の経過報告53*

6月11日~6月27日

応援寄付 1名様 5口         5,000円
賛同寄付 3名様 8口         80,000円

著作料                 10,000円
*小説を公開されているWEBサイトで、
私の作品画像を挿絵として使って下さることになりました。
また公開されましたら、改めてご紹介致します。

小計          95,000円

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今月末まで あと43,180円
目的達成まで あと 991,303円
(2012年5月380万円目標から出発)

*ようやく残すところ目標金額が100万円を切りました。
これも皆様一人一人のお力をお寄せ頂いているお陰です。

しかし、今月の支払いが明日に迫り、資金繰りがまだ充分とは言えません。
滞納をしたくないのは山々ですが、今のところ解決する方法がみつかりません。

この現実を受け入れ、それでもこの制作を支援して下さる方が一人でもいる限り、最後まで黙々と制作に向かうつもりです。
引き続き、どうぞ制作の無事をお見守り下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

寄付経過報告52ー霞を食べて生きること、制作すること

今日からS100号の絵具層の刷毛塗りが始まりました。1度塗ると30分以上乾かします。その間に、本を読んだり、サイトで気になることを調べたりします。

今日はたまたま国分功一郎著の『暇と退屈の倫理』の序章が、朝日出版の編集ブログに9回にわたって連載されているのを発見し、その記事を読みました。國分功一郎氏は、ドゥルーズの翻訳もしていて、いくつか読みたいと思っている本があります。近々図書館にも行ければと思っています。

この20年近く、自分が暇だとか退屈だと思ったことがなく、むしろ全くの逆で、もう少し余裕を持てたらと思っているので、この本に興味を持ちました。

序章だけ読んでみて、ある意味逆説的に、なぜ自分がいつもいろいろな意味でギリギリなのかも分かったような気がしました。

何が分かったかといえば、この状態が制作にはベストだということです。
時間の余裕や経済的余裕があったら、きっと余計なことをして、制作に集中出来ないかもしれないと思うのです。

そう思ったら、「これが私の人生」と今の自分を受け入れることが出来、ホッとしました。

もう少し作品が売れたら、どんなに心の余裕が持てて、のびのびした気持ちで制作出来るだろうと、思わなくもないのです。

しかし一方で、余裕がないからこそ、余裕の無さにも動じない自分であろうと、自分を高める努力ができるのだと思います。

もっと器の大きい人間になりたいと思う。

開き直るわけではないけれど、
人間臭い欲望など微塵もないような、そんなことに左右されず、
「霞を食べる人生こそが、私の意志で主体的に選んだ人生なのだ」と自覚し、
謙虚に、しかし堂々と生きる自分でありたい、と。

その積み重ねが、必ず作品に出て来るものだと思うのです。

そう生きているつもりでも、知らないうちに、自分が選んだ人生という意識を忘れてしまいがちです。

「自分がそうさせられている」のではなく「敢えてそうしているのは自分なのだ」そういう自覚を持って生きている人間にこそ、自分の制作、自分の作品と言うものが与えられるに違いありません。

間違っても「絵が売れないのは仕方が無い」などとは言ってはならないと思う。

「難しいからこそ、敢えてそれに挑戦しているのだ。」

「難しいからこそ、私がする意味があるのだ。」

「結果ではなく、難しいことに挑戦できること自体が素晴らしいのだ」そう自覚しなければならない。

そういうことが考えられるようになったのも、一重にこの境遇に飛び込んだお陰です。
そしてこの境遇にあっても、沢山の理解者、支援者に恵まれています。
そのお力添えに応えられるべく、より一層制作に精進して行く所存です。

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*「画家川田祐子 芸術支援寄付」プロジェクト収入の経過報告52*

6月2日~6月10日

応援寄付 0名様 0口          0円
賛同寄付 1名様 2口      20,000円

小計          20,000円

*制作の大きな励ましとなりました。
実際、霞を食べはじめていたところだったのですから(苦笑)。
筆の購入等、有効に活用させて頂きます。
本当にありがとうございます!
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今月末まで あと133,300円
目的達成まで あと 1,106,303円
(2012年5月380万円目標から出発)

今するべきこと

来年2014年1月予定の損保ジャパン東郷青児美術館(新宿)主催の「クィンテッド展」に向けて、メインとなる作品を制作をしている毎日です。

カタログに掲載する主催者側の写真撮影の関係で、新作は今年10月までに完成しておかなければなりません。ということで、これからの4ヶ月間は、おそらく私の人生において最も充実した日々となることは間違いありません。これまでに私が積み重ねて来た経験と能力を制作に出し尽くすこと。これが私の今するべき最大の課題です。そのためにさまざまな雑念が頭をよぎろうとも、自分が今するべきこと、それは「一重にこの展覧会に出品する作品を制作すること」そのことを、よくわきまえて取り組んで行きたいと思っています。

私の今後の制作のために記録を残すことはもちろんですが、多くの方にこの活動を広く知って頂き、またご協力を頂いている方々にはその制作の状況をお知らせする意味でも、制作の合間に、このブログに引き続き経過報告をして行くつもりです。また、最近FacebookやTwitterの活用方法を見直してみました。まとまった文章を書く余裕がない場合でも、これらのコミュニケーションツールを使って、私が何を今しているのかをしっかりお伝え出来るように努めていく所存です。もし、IDをお持ちでしたら、是非フォロー、いいね!ボタンをよろしくお願い致します。

これからの繁忙期を前に、今まずしておかなければならないこと、それはこれまで制作した作品をもとに、この数ヶ月間の制作生活の資金を確保すること、そして引き続きご寄付を募ることです。これまでの1年間、沢山の方々の励ましに支えられて、経済的な問題にも動じない強靭な精神を培っては来ましたが、これからの制作の追い込みに、経済的な窮地に追い込まれて制作ができない、という訳には行きません。

私の制作生活には1ヶ月約16万円程が必要です。そしてこの予定されている展示に向けて立ち上げたプロジェクトは開始当初380万円を目標にし、そして残すところ後7ヶ月。当初の計算通り、後110万円程の必要経費を集めなければならないところまで来ました。

しかしこの4ヶ月は小品制作は出来そうにありませんし、またするべき時期ではないことは言うまでもありません。

公募展応募も考えなくはありません。しかし、もし今から応募して賞金が得られるとしても、10月以降のことなのです。またもちろん賞金のための応募作品を兼ねての制作ということも、今回考えに考えを重ねた結果、あくまでも公募展受けする制作にはならないかもしれないけれど、出せれば応募する程度の努力が限界だという結論になりました。そういう作品に賞が与えられることはまず極めて難しいように思えてなりません。

そこで、今まずしなければならないことは、販売出来る作品をまとめてここでご紹介することに致しました。

折り入っての作品ご購入を今ここで皆様に仰ぎたいと存じます。どうかご支援・ご協力程、よろしくお願い申し上げます。

尚、この販売が16万x4ヶ月=64万円の収入が見込まれるまでご協力を呼びかけるため、しばらくこのブログ記事の更新が出来なくなりますことをご了解下さい。

 

 

寄付経過報告51

来年1月に損保ジャパン東郷青児美術館で予定されている「クィンテッド展」出品の制作が、順調に進でいます。メインになる新作制作の下地塗り作業を進めながら、作品コンセプトや完成のビジョンがかなり固まって来ました。

私の場合、美術館などの公共スペースに複数の作品を展示する場合は、あらかじめ図面を頂いて必ず計画を練ることにしています。PCにストックしてある作品画像を使って、PhoshopとIllustratorで、簡単な展示風景をバーチャルで作成します。これをしておくと、展示作業がとてもはかどるということもありますが、制作のためにも重要なのです。

その展示に向けて新作を制作する場合、壁の高さと幅の釣り合いを、図面上で確認して、そこから作品のサイズ、矩形を割り出すことができるからです。

空間が先にあり、そこからその場所にしっくりする作品を創出することは、とてもやりがいを感じる仕事です。人によっては、先に描きたい作品があり、空間はそれに合わせて欲しいという考え方もあると思いますが、私はむしろ展示される場所との関係性が作品を限定してくれる方が、明確なコンセプトを持ちやすい場合が多いです。

いろいろな条件で作品が出て来ます。その時の持てる力を最大限に活用して、その時にしか出来得ない作品を発表して行きたいと思っています。

お陰さまで、主催者側から早々に展示費を画材等の準備金を頂くことが出来ました。
このことにより、当初予定したよりもかなりワイドスケールな作品制作の目処が立ちました。

今アトリエ内は、100号以上のキャンバスが5枚程。所狭しと立ち並び、隣の寝室にも参入している状態です。

プリントアウトした展示計画案を見ながら、わくわくし、作業の疲れもどこかに吹き飛びます。
私のこの今が、何にも比較し得ない「最も充実した至福の瞬間である」そう信じて疑いません。

作品コンセプトについては、先の記事に書きましたが、さらに練りに練って、より充実した作品にしたいと思っています。先日引き続きmichi@archisoudさんと「サブライム」についてtwitter上でやりとりをしました。文末にまとめましたので、ご興味のある方はお読み下さい。

ここ数日この言葉が気になり、できる範囲内で調べていました。
サブライム(=sublime)とは、崇高な、荘厳な、雄大な、圧倒的な、というような意味があります。

バーネット・ニューマンの『The sublime is now』という文章を読んでみたり、ルーク・ホワイトという人が『The Sublime Now』という著作を2009年に出版していることも知りました。

そして「宗教から独立し、一人歩きをした芸術。今や人々は、宗教ではなく芸術にこそ、かつて宗教が持っていて、今は失われた超越性や神秘性を求めているのではないか。」そのような内容を書いているリヒターの文章を思い出しました。

私が、今のコンテンポラリーアートにもの足りなさを感じているとすれば、この「サブライム」という部分をまず挙げるでしょう。

「サブライム」がこれまで歴史的に何かしらかの権威的な表象として利用されて来たことによる嫌悪感から、その再考が手つかずのまま忘れ去られようとしているのではないか、そのような気がしてなりません。

自分自身の作品を通して芸術の「サブライム」について真摯に向き合い、自分なりの答の一端を、次回の新作に出してみたいと思っているところです。

 

 

 

*この建物の屋根には、大きな丸い光取りの抜きがある(参照:リンクに詳細画像有り)のですが、私の最新作「氷の誓い」にどこか共時性を感じるのは、意識し過ぎでしょうか?

koorinochikai@web

 

 

 

 

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*「画家川田祐子 芸術支援寄付」プロジェクト収入の経過報告51*

5月20日~6月1日

応援寄付 0名様 0口             0円
賛同寄付 0名様 0口          0円

損保ジャパン美術財団   200,000円

小計          200,000円

*『クインテット-五つ星の作家たち』展の展示費(作品貸与料)を頂きました。
大変助かります。ありがとうございます!
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目的達成まで あと 1,106,303円